2011/02/06 第60回別府大分毎日マラソン

大会レポート

日本のマラソン大会の中でも三本の指に入るエリートマラソン大会「第60回別府大分毎日マラソン」を走ってきました。

2011年2月6日 に開催された「第60回別府大分毎日マラソン」に参加した時の完走記です。

2011年2月6日「第60回別府大分毎日マラソン」を走ってきました。ご存知の通り、「福岡国際マラソン」「琵琶湖マラソン」と並び、日本のマラソン大会の中でも三本の指に入るエリートマラソン大会です。夏にある世界陸上の選考会も兼ねていて、外国人招待選手や日本のトップクラスのランナーもたくさん参加していました。そもそも私みたいな市民ランナーは、そんなレベルの大会には縁がないのですが、今回は60回の記念大会ということで、出場枠が拡大されて、参加資格が3時間30分になったので、このチャンスを逃してはいけないと思い参加しました。(ちなみに例年の参加資格は2時間50分です。)とはいえ、途中5kmごとにきつい関門もあり、3時間半は私にとっては、かなり必死に走らないと関門に引っかかってしまうタイムです。終始、最後尾の収容車に追われながら走ることになることは、スタート前から想像できるところでした。


大会当日、スタート会場に向かうと、いつもの市民大会とは明らかに違う雰囲気でした。テレビ中継はあるし、白バイはたくさんいるし、何より選手がしっかりとウォーミングアップをしていました。参加枠が広がったといっても、参加資格が3時間半なので、参加者は2000人ほどで、しかもみんな速いランナーばかりでした。スタート5分前に交通規制されて、国道が通行止めになり、そこにランナーが並んでスタートを待ちます。整列の順序も一人ひとり決まっていて、エントリータイム順に前から並び、審判がゼッケンをチェックします。私は前から119列目で、かなり後ろでした。いつになく緊張した雰囲気の中、定刻の12時10分の号砲と共に一斉にスタートしました。
タイム順に並んでいるのでスタートはスムーズで、後ろの方でしたが、アッという間にスタートラインを通過しました。そして3車線の道路をベルトコンベアーに乗っているかのように淀みなく流れていき、全体がハイペースで進んでいきます。そのペースは1km4分30秒を切るようなペースで、いつもの大会ではありえないハイペースです。だけど、このペースで行かなければ関門に引っかかってしまうので、そのハイペースに身を任せて走りました。給水もペースを落とすことなく、ましてや止まって取るようなランナーはおらず、みんな手際よく取って行きます。「やっぱり別大はすごいな~」と感心しながら走っていき、別府の街を通過して、9km地点の折り返しに向かいます。トップ集団が折り返してきましたが、すごい速さです。そして私も折り返して、来た道を戻って行くのですが、すぐに最後尾のパトカーとすれ違い、関門がすぐ後ろに迫っていることを実感しました。そして10kmを44分台のペースで通過して、最初の関門を無事に通過しました。この先は5kmごとにきつい関門が設定されているので、今のペースを維持しながら進みます。私にとっては、あきらかにオーバーペースなのでペースを落としたいところなのですが、周りのペースに合わせて、行ける所まで今のペースで行く覚悟を決めて、流れに乗って走りました。いつもなら、前半に飛ばせば、ある程度のタイムの貯金ができて、後半はペースを落とせるのですが、いくら走っても貯金は微々たるもので、ましてや、ペースが落ちれば借金になってしまうので、ひたすらペースを維持して走ります。ハーフまでは、なんとかハイペースに着いていけたのですが、25kmが近づく頃には、やはりきつくなってきました。本来、別大マラソンに出るような選手は、しっかりと調整をして望むようですが、私は今年になってすでに4回目のフルマラソンで、しかも宮古島で100kmを走ってきたばかりです。当然、疲労が抜けておらず後半はどこまで脚が持つかといった感じです。そのうえ、エリート大会なので当然のことながら給食はなく、しかも給水のスポーツドリンクもなくなっており、水だけを飲みながら走ることとなりました。状況が悪くなる中、30km過ぎからはペースが徐々に落ちてきました。あとはゴールまで前半のハイペースで作った虎の子の貯金を使って、収容車の追撃から逃げ切れるかです。距離が進むごとに状態はさらにきつくなってきているのですが、脚はなんとか動いていて、ペースダウンを最小限に抑えながら走れました。しかし35kmを過ぎてからは、本当にきつくなってきて、限界が近づいてきているのを感じながらも、気持ちをしっかり持って堪えながら、ひたすら脚を動かしゴールを目指しました。エネルギーは切れる寸前だし、塩分も足りなく脚はつりそうになってきていましたが、ここまで来て、関門に引っかかりたくないので、あとは関門の時間を計算しながら時計との勝負です。40kmの看板を通過し、時計を確認したら、なんとか制限時間には間に合いそうでしたが、歩くほどの余裕はなく、残りが2kmでもアクシデントが起きればタイムオーバーになってしまいます。完走するためには、ただひたすら走り続けるだけです。そんな状態で止まりそうなくらいペースダウンをしましたが、沿道の応援に押されながら、なんとか走り続け、やっとの思いで競技場まで着ました。マラソンゲートをくぐり、競技場に入り、トラックを周って、最後の直線の先に、いつもテレビで見ているゴールゲートが見えました。ラストスパートをできる体力もなく、ヘロヘロになりながら、なんとかゴールにたどり着きました。先にゴールをした富山県の山中さんが迎えてくれて、健闘を称えてくれました。タイムは3時間26分24秒と制限時間ギリギリでしたが、目標にしていた別大マラソン完走が達成できました。脚がガクガクだったので、スタッフにバスタオルをかけてもらい、トラックの内側の芝生の上に座り込んでしまいました。最近はウルトラがメインになっていて、フルマラソンはのんびりと走ることがほとんどでしたので「フルマラソンで、ここまできつい思いをしたのは、いつぶりだろうか?」なんて考えながら、ビッグレースに参加し、ギリギリながらも完走できた感動にしばらくひたっていました。

今回は、走っている時は本当にきつかったですが、大きな目標にチャレンジして、久しぶりに限界まで出し切って走れました。また、普段の大会では体験できないエリート大会独特な貴重な経験ができました。しかも、目標どおりにしっかりと完走ができたので、とても満足しています。

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