2010/05/02-04 第22回萩往還マラニック

ウルトラ完走記
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今はなき伝説のウルトラマラソン!萩往還マラニック250km。萩往還史上、もっともつらい年と言われている、伝説の2010年のときの完踏記です。

萩往還マラニック250km完踏記               

2010年5月2~4日 山口県・瑠璃光寺スタートゴール

 スタートまで

昨年、ボロボロになりながら初めて250kmを完踏して早一年。懲りずに今年も250kmにチャレンジしてきました。昨年は初めての250kmという不安な気持ちでスタートを迎えましたが、今年はワクワクする気持ちでスタートを迎えました。当日の午前中に家を出発して、飛行機で山口に入り、受付をして、準備をして、スタート地点の瑠璃光寺に向かいました。昨年、共に走った仲間と1年ぶりに再会し、今年もお互いの完踏を約束しました。そして18:00「エイエイオー!」の掛け声で今年の萩往還マラニックが始まりました。私は最終ウエイブで18:12にスタートし、楽しく、過酷な250kmの旅が始まりました。

1 瑠璃光寺 0・0km(スタート) 0:00・00 (2日18:00)

これから250kmを走るのとは程遠い緊張感のないスタートはいつものこと。椹野川のサイクリングコースをちょっと近所にジョギングに行くような感じで走り始めました。ペースは1km6分位のペースで250kmを走るにしては速いのですが、昨年も同じようなペースだったのでそのまま走りました。そして、日が落ちて暗くなった頃に最初のエイド上郷駅に到着しました。

2 上郷駅前エイド 13・2km 1:31・28(2日19:31)

まだスタートしたばかりなのでたくさんのランナーがいます。なので、とっとと給水をしてスタートしました。暗くなったのでライトを点けました。昨年も走っているし、周りにランナーがいたので道に迷うことはありません。二本松峠を越して、山口市から美祢市に入り、湯の口エイドに到着しました。

3 湯の口エイド 218km 2:30・55(2日20:30)

まだお腹は空いていませんでしたがオニギリがあったので食べました。内臓の負担を考え、給食は少量をマメに取るようにしました。スタートしてしばらく県道の明るい道を進み、左折して真っ暗な秋吉自転車専用道路に入ります。今年も蛙の大合唱に迎えられ、しばらく田舎の真っ暗な道を走ると下郷駐輪場エイドに到着しました。

 4 下郷駐輪場エイド 27・7km 3:14・16(2日21:14)

先ほどのエイドからさほど距離が無かったので給水だけしてスタートしました。再び蛙の大合唱が響く自転車道路を進みます。そして自転車道路の出口の美祢高校前エイドに到着しました。

 5 美祢高校前エイド 32・0km 3:45・42(2日21:45)

ここまではエイド間が短いのですが、この先はエイドが少なくなるので、しっかりと給水をしてスタートしました。自転車道路を出て、一般道を走るのですが田舎なのでこの時間でも車はほとんど走っていません。鍾乳洞で有名な秋芳台の近くのようですが暗くてまったく分りません。途中の間違えやすい交差点では私設エイドをしながら案内をしてくれる人がいました。感謝です!そしてしばらく走り西寺エイドに到着しました。

 6 西寺エイド 44・0km 5:18・35(2日23:18)

フルマラソンの距離を越しましたが、先の距離を考えるとまだ200km以上あります。ここのエイドはコンビニもあり、のんびりしているランナーが多いのですが「エイドで無駄に時間を使わない」という教えを守り必要な給食給水をしてすぐにスタートしました。ゴルフ場の周りの起伏のある細い道を走り、50km過ぎに美祢市から下関市に入りました。警備員がいる鋭角のカーブを曲がり、トンネルを抜けて、キャンプ場の入り口を入り、500mほどで第1チェックポイントの豊田湖半公園に到着しました。

 7 豊田湖畔公園エイド 58・7km(第1CP) 7:23・42(3日1:23)

スタートして58kmで初めてのチェックポイント(CP)です。到着して、まずチェックカードにチェックをします。マラニックなので、途中にある10ヶ所のCPでチェックをしながら進み、ゴールでチェックの確認をします。このチェックが1ヶ所でも漏れると完踏は認められないので、とても重要です。チェックの後、初の食事、ウドンとオニギリを食べました。夜になって寒くなってきたので(山の中では5度位まで気温が下がります。)手袋をして、ストレッチをしてスタートしました。豊田湖畔の道路を走り、途中で下関市から長門市に入りました。間もなく温泉街に入り俵山温泉エイドに到着しました。

 8 俵山温泉エイド 67・1km 8:43・30(3日2:43)

この先、峠越えなので温泉饅頭を食べてエネルギー補給をしました。エイドのスタッフは寒いようでストーブを焚いていました。スタートして前半の難所の砂利ヶ峠を越していきます。山の中の真っ暗な道をライトだけを頼りに走ります。この辺になるとランナー同士も離れて一人になってしまい、真っ暗な中、前方も後方もランナーが見えず、とても不安な気持ちで走りました。細い峠道を上り最高点まで行って、そこからはくねくねの山道をひたすら下ります。途中からは国道に入り、整備された2車線の広い道を気持ちよく下っていきました。約7kmの下りの間、ほとんどランナーに会うことも無く、車も1台も通ること無く、新大坊エイドに到着しました。

9 新大坊エイド 80・1km 10:31・49(3日4:31)

孤独に走ってきて、久しぶりのエイドなのでホッとしました。ペースは昨年よりも20分ほど遅れていましたが順調に走れていました。トイレに行ってトン汁をいただいてスタートしました。地元山口の女性ランナーと話しをしながら進み、しばらく走ると空が白々と明るくなってきました。長い夜から開放されて気分的にも楽になりました。明るくなってきて間もなく、海湧食堂エイドに到着しました。

 10 海湧食堂エイド 87・2km 11:51・46(3日5:46)

ここのエイドは食事と預けた荷物の受け取りができます。食堂では先に着いたランナーが食事をしています。私も荷物を降ろして朝御飯を食べました。昨年はお粥でしたが今年は中華丼でした。ここで昨年、お世話になったコシタさんに再会しました。朝からビールを飲んでいました。食べ終えて200m先の油谷中学校に預けた荷物を受け取りに行き、長袖シャツを脱いで半袖シャツに着替えました。そして、いらない荷物を預けてスタートしました。お天気はいいのですが予報どおり気温が上がってきました。この気温上昇が歴史に残る過酷な萩往還を演出することになるとは、まだランナーの知るところではありませんでした。しばらく走り、農協三叉路を左折して俵島に入っていきます。島を1周して、途中のCPでチェックをして戻ってくるのですが、島の中は上り下りが多く、脚へジワジワとダメージを与えます。景色が開け、海が見えてくると第2CPがありました。

 11 俵島CP 98・5km(第2CP) 13:41・51(3日7:41)

CPから眺めは最高です。毎年、軽トラで私設エイドをやってくれているおばちゃんがいて、お水をいただきました。俵島を1周して、来た道を戻って行きます。上り下りで脚にダメージを受けて足取りが重くなってきました。農協三叉路まで戻ってきて、農協のスーパーでアイスを買いました(いつも食べるガリガリ君がなくてガックリ!)。その後、多少ペースダウンをしながら第3CPを目指して走りました。

 12 川尻岬エイド 107・8km(第3CP) 15:21・09(3日9:21)

岬の食堂で食事ができます。食券を出してカレーを食べました。走っているときのカレーは食が進みます。先に着いていたコシタさんに追いつき、昨年と同じように、この先しばらくいっしょに走ることになります。気温も高くなってきてジリジリと体力を奪われるようになってきました。コシタさんのアドバイス①帽子などを水で濡らして気化熱で体温の上昇を防ぐ②昼間の暑いとき無理に走らず体力温存。そんなアドバイスをもらいながら進みました。途中、日本百景にも選ばれた棚田の風景を見ながら下っていき、海沿いの道をしばらく走ると、次のCPに到着しました。

13 立石観音CP 117・7km(第4CP) 17:00・07(3日11:00)

まずはチャックをして、港の小さなお店でカルピスを買って飲みました。次のCPの千畳敷まで約7kmは、標高333mをひたすら上りになります。急勾配の坂を上っても上ってもなかなか頂上に着きません。本当に「バカじゃないか!」と思うくらいの上りです。ただひたすら、もくもくと歩いて、やっと千畳敷の頂上に到着しました。

 14 千畳敷CP 125・4km(第5CP) 18:34・04(3日12:34)

ここで250kmの中間点です。先を考えると気が遠くなります。昨年よりも1時間ほど遅れていましたが、体力温存作戦で無理に急がず進んでいたので問題なしです。千畳敷では名物のソフトクリームを買って食べました。バカほどの上り坂を上ってきたご褒美です。眺めは最高で、先ほどの立石観音もはるか遠くに見えました。一休みしてスタートし、今度はひたすら下りです。下りは脚にきついので、歩きながら下りてきました。下りきってしばらく走ると、前方から中学生の大声援が聞こえてきて、エイドに迎えてくれました。

 15 黄波戸口エイド 131・1km 19:44・52(3日13:44)

地元の中学生がスタッフをやってくれているエイドで元気に迎えてくれます。ここではカップ麺が食べられるので「どん兵衛」を中学生に頼み、おいしくいただきました。スタート前に頭から水をかけてもらい再び走り始めました。この先は長門の市街地を走るので、車も多く狭い歩道を走ります。暑いため(主催者発表では29度)、途中、自販機で何度も給水をしながら進みました。仙崎エイドの手前でコシタさんの仲間が私設エイドをしていて、イチゴとアンパンをいただきました。お腹が空いていたのでありがたかったです。感謝!そして次のエイドに到着しました。

 16 仙崎公園エイド 143・3km 22:00・42(3日16:00)

ここからは青海島の鯨墓CPまで行って、同じ道を戻ってくる片道約10kmのコースです。昨年は明るいうちに戻ってきたのですが、ペースが1時間半ほど遅れていたので戻ってくる頃には日が暮れてしまうペースでした。とはいえ、日が落ちれば気温も下がってくるので、そこで挽回しようと思っていたので焦ることなく進みました。青海島は起伏があり、折り返しまでの10kmはとてつもなく遠く感じました。気分的につらいなか、折り返してくるランナーとエールを交わしながら進みました。漁港っぽい感じになってきて、遠くに鯨のモニュメントが見えてきました。やっと鯨墓CPに到着しました。

 17 鯨墓CP 153・8km(第6CP) 23:47・12(3日17:47)

ここまで来て、残り100kmを切りました。チェックをして、エイドにあったお菓子をいただきました。夕方になっても、まだ暑く、しっかりと水分補給をして折り返して、走ってきた道を戻っていきました。復路では途中のキャンプ場エイドで給食ができます。日がだんだん暮れていく中、キャンプ場エイドに到着しました。

 18 キャンプ場エイド 158・0km 24:30・48(3日18:30)

ここでもカレーを食べました。暑いため水分の取りすぎで胃をやられてしまうランナーが多い中、私は大丈夫だったのでカレーをいただきました。間もなく日が暮れて暗くなるので、ライトの準備をしてスタートしました。スタートから24時間が経って、日が沈み「地獄の二晩目」に入りました。眠気はほとんどありませんでしたが、脚はかなりきつくなってきていました。また、今年は暑くて体力が奪われていて体力的にもきつくなってきていました。とりあえず175kmの宗頭エイドで大休憩ができるので、そこを目指して進みました。そして、先ほどの仙崎公園まで戻ってきました。

 19 仙崎公園エイド 163・9km 25:41・46(3日19:41)

すでに真っ暗になっていました。この先、とても分かりづらい道ですが、昨年も走っているので一人でスタートしました。暗い道を歩いていると後ろからコシタさんが追いついてきたのでいっしょに行きました。近くにいた初心者ランナー達といっしょにゴチャゴチャした分かりづらい道を進み県道に出ました。この先は宗頭エイドを目指し、県道をひたすら進みます。次の宗頭エイドは、荷物預け、ご飯、入浴、仮眠ができる大きなエイドです。日が沈み気温が下がってきて体力的に楽になってペースを上げたいところですが、脚がきつくなってきてペースを上げるのは無理でした。なので、ゆっくりペースで進み宗頭のエイドに到着しました。

 20 宗頭エイド 175・7km 27:49・15(3日21:49)

昨年よりも1時間45分遅れで到着しました。まず体育館で預けておいた荷物を受け取り、宗頭文化センターの中に入りました。先に到着したランナー、すでにリタイヤをしたランナーなどたくさんの人がいました。今年は暑さで、すでにリタイヤしたランナーが多いようでした。コシタさんは今年もゆっくり寝ていくと言って晩酌を始めました。私は眠くなかったので、すぐにスタートすることにして、ご飯を食べて、お風呂に入って、着替えをして22時30分頃にスタートをしました。この先「地獄の二晩目」は一人で進むのは厳しいので、周りにいた数人のランナーといっしょに進みました。みんな初めてで、経験者の私がコース案内をしながら進みました。話をしながらしばらく進むと、第7CPが見えてきました。

 21 藤井商店 179・0km(第7CP) 29:09・58(3日23:09)

自動販売機の明かりが目印で、その横にチェックがありました。宗頭エイドからさほど時間も経っていないので、チェックだけして、先に進みました。真っ暗な細い山道で初めてのランナーは不安そうでしたが、私は昨年も通っているので分かりづらい所も迷わず進み、広い国道に出ました。真っ暗な国道を進み、鎖峠を越して、長門市から萩市入り、そこからクネクネと下っていきます。何度も同じようなカーブを繰り返して、やっと下り切って集落が見えてきて、しばらく集落の中を進むと第8CPの三見駅に到着しました。

22 三見駅 188・1km(第8CP) 30:56・46(4日00:56)

日が変わり5月4日になりました。三見駅は小さな駅で待合室の電気がついていましたが、人もおらずチェックだけしてすぐに出発しました。この先は地図を見ても分らないような道で、昨年はとても不安になりながら進んだ道です。宗頭からの初心者ランナーに加え、三見駅にいた初心者ランナーを引き連れて細い山道を進みます。車も通れないような未舗装の道を、みんなで話をしながら真夜中のピクニック気分(睡魔に負けないためにカラ元気です。)で進みました。真っ暗だし、目標物はないし、当然ながら人には会わないのですが、山奥にポツンと明かりが見えました。ウワサに聞いていた山の中の私設エイドでした。温かい飲み物やお菓子などを用意して待っていてくれるオアシスのようなエイドです。温かいお茶をいただきお礼を言って先に進みました。感謝!山を下って海沿いの道に出て、やがて集落っぽくなってきました。山道の暗闇から脱出したような感じで一安心してしばらく歩くと玉江駅に着きました。

 23 玉江駅  195・0km 32:28・53(4日02:28)

ここは毎年、私設エイドをやってくれている人がいて、グレープフルーツを出してくれます。グレープフルーツをいただいて、自販機で温かいコーヒーを買って飲んで、トイレに行ってスタートしました。いっしょに来たランナーの中には睡魔に襲われ、駅舎の中で仮眠をしていくランナーもいました。この先は萩の市街地に入って行くので道路も照明があって明るいです。それに初心者ランナーも140kmで一度走っている道なので(250kmに出るには140kmの部に出場していないと参加できません。)一人で進むことができます。萩城跡の前を通過し、萩の市街地を進むのですが、激しい睡魔が襲ってきて頭がボォーとしてきて、進むペースが落ちてきました。道を間違えないように周りのランナーを確認しながら進みました。市街地を抜けて萩焼会館を通過して、次のエイドの虎ヶ崎までの約7kmを行って戻ってくるコースです。昨年もそうでしたが、この辺が心身ともに一番きついところです。睡魔を気力で抑えて進んでいるのですが、体が思うように動かなくなってきて、腕が振れなくなったり、指先がしびれてきたりしました。まさに「地獄の二晩目」です。そんな状態で、なんとか進み続けて、虎ケ崎の入り口の明神池を通過して、半島の先っぽのエイドを目指して、真っ暗な道を一人で進み、やっとの思いで虎ヶ崎のエイドが見えました。

 24 虎ヶ崎エイド 206・9km(第9CP)34:58・16(4日4:58)

食事ができるエイドなので食堂に入りカレーを頼みました。ウドンも選べるのですが、迷わずカレーを頼みました。エイドには数人のランナーがいて、走友のヒラヤマさん、昨年いっしょに走ったコシノさんに会いました。話をしながら食事をしていると「昼間の暑さのせいで、宗頭エイドで、すでに200人近いランナーがリタイヤしている」とのウワサでした。確かに昨年に比べて会うランナーが少ないと思いました。そして、必ず完踏しようと約束をして、それぞれスタートしていくのでした。私はカレーを食べて、足の裏が内出血をして痛かったので痛み止の薬を飲みました。ヒラヤマさんに睡魔のことを話すと「10分だけでも寝ると復活する!」とアドバイスをもらい、カレーを食べた後、奥の座敷で仮眠をとることにしました。座敷に横はなり、しばらく目をつぶってウトウトしましたが、13分後にスイッチが入ったかのように目が覚めました。そして元気を取り戻し再びスタートしました。夜が明けて外が明るくなってきていました。体力も回復し、痛み止めも効いているようでペースが上がり順調に走れました。明神池まで戻り、その後も来た道を戻って行きました。途中、先にスタートしたコシノさんが木の枝を杖代わりにして歩いていたので、声をかけて先に行きました。萩焼会館まで戻ってきて、ここから次のCPの東光寺に向かいます。

 25 東光寺 215・2km(第10CP) 36:47・48(4日6:47)

最後(10ヶ所目)のチェックをして、あとはゴールを目指して進むだけです。この先、昨年とコースが変更になったところなので、周りのランナーと確認しながら進みました。前日の18:00にスタートした140kmの部のランナーや今日の朝6時にスタートした70kmの部のランナーと会うようになります。彼らは勢い良く走っていきますが、私たちは痛い脚を引きずりながらゆっくり進んでいきます。往還道の入り口の萩往還公園でトイレに行って、ミルクティーを買って飲みました。そして、最後の難関、萩往還道に入って行きました。未舗装の山道で、元気な状態でも走ることはできないような道なので、当然、ボロボロの私が走ることはできず、後はひたすら歩きです。痛み止めを飲んだものの足の裏が痛く、足を付くたびに激痛が走ります。朝にスタートした70kmの部、35kmの部のランナーともすれ違うようになり、すれ違うランナーはフラフラになりながら歩いている250kmの部のランナーを見て敬意を表して声をかけてくれます。250kmランナーにしか味わえない、とても気分のいい瞬間です。そんな気分に浸りながら進み、次のエイドに到着しました。

 26 明木エイド 225・9km 38:04・34?(4日08:04)

明木エイドでは、名物の明木饅頭と麦茶をいただきました。昨日に続き、気温が高く(主催者発表28度)なってきて、二日間徹夜をした体には、あまりにもきつ過ぎます。先に行っていたヒラヤマさんに追い着きましたが、暑さでかなりばてていました。この辺まで来ると余裕のあるランナーをおらず、みんな満身創痍といった感じです。とはいえ、残りの距離と時間を考えると急ぐ必要はないので、ゴールまで無事にたどり着けるように無理せず安全走行で進むことにしました。一升谷、新ノ切峠、千持峠という上り下りが続く過酷な往還道をゴールに向かい進んでいきました。そして最後のエイドに到着しました。

27 佐々並エイド 235・7km 40:43・54(4日10:43)

やっと最後のエイドに到着です。佐々並エイドでは、名物の佐々並豆腐をいただきました。昨年はランナーがたくさんいましたが、今年はランナーが少なく、豆腐も2皿いただけました。笑顔で見送ってくれるおばちゃんにお礼を言って最後のエイドをスタートしました。ゴールまでまだまだ長い残り14kmです。なぜならこの先、足場の悪い石畳の道を上っていき、コースの最高地点の板堂峠と目指します。容赦なく太陽が照っていて、残り少ない体力を奪っていきます。昨日のコシタさんから教えを思い出し、山の小川で帽子を濡らして暑さをしのぎながら進みました。佐々並エイドから最高点まで約8kmですが、ペースが遅いのでなかなか着きません。フラフラしながらも、なんとか進み、途中の夏木原キャンプ場の手前にある私設エイド「草もちエイド」に着きました。おばあちゃんが徹夜で草もちを作って待っていてくれます。これを食べないと完踏できないと言われていて、私も手作りのおいしい草もちをいただきながら一息つきました。感謝!その後もしばらく上りは続き、やっとの思いで坂堂峠の頂上まで上り切りました。もう上りはなく下るだけです。しかし、すでに脚はガタガタになっていて、ここからの下りが最後の試練になります。さらに下りになると足裏の痛みが増すので一歩一歩が針山の上を歩くような思いです。ゴールまで残り6・5kmを果てしなく遠く感じながら、転げ落ちないように慎重に下りました。そして、やっとの思いで往還道の出口、天花畑まで下ってきました。山道はここまでで、あとは舗装された道を4km弱行けばゴールです。だけど、すでに走れる状態ではなく、歩くことすらつらくなっていて、ガードレールをつたいながら痛みに堪えて進みました。この道を通ってゴールに向かうのは3度目なので、周りの風景を見ながら「あと、もうちょっとだ!」と心に強く思い、残り少ない体力を振り絞って前に進みました。ダムを右に見て下って行き、天花橋を渡れば、残り1kmです。沿道には声援を送ってくれる人が増えてきて、その声援に堪えきれずに涙が出てきました。痛くて涙が出るのか、うれしくて涙が出るのか自分でも分らない状況です。最後のカーブを右折すると、ゆるやかに上っていて、その先にゴールの瑠璃光寺が見えます。応援の人や先にゴールした人の声援に迎えられながらも、走ることはできず、脚を引きずり、歩きながらのラストランです。涙でグシャグシャになりながら瑠璃光寺の門をくぐり、五重塔を右手に見て回ると、苦しさに耐えて目指してきたゴールテープがありました。最後は涙を拭い、元気な顔で両手を挙げてゴールテープを切って長かった250kmが終わりました。

 27 瑠璃光寺 250・0km(ゴール) 44:02・36(4日14:02)

ゴールをしたら耐えることができず、倒れこんでしまいました。意識はしっかりしていましたが、足裏が限界でした。ゴールはしましたが完踏が認められるにはチェックシートの確認があります。チェックシートを渡し、確認してもらい、無事に250km完踏となりました。タイムは、昨年よりも1時間半くらい遅かったですが、完踏できた喜びでいっぱいでした。しかし、ダメージが大きくしばらく動くことができずに倒れこんでいました。その後、やっとの思いで歩き、ゴール近くのお寺に預けておいた荷物を取りに行きました。脚を引きずりながら歩いていると、会う人みんなが完踏を称えてくれます。走りきった後の最高な時間です。本当に完踏して良かったと感じました。その後、昨年と同じように売店でソフトクリームを買って食べていると、ヒラヤマさんがゴールしてきました。完踏した同士、熱い思いで握手をして称え合いました。

 ゴール後

歩くことが困難なため、待機していたタクシーに乗って、2日前に荷物を置いた集会所に行って、荷物を受け取って、そのままホテルに向かいました。昨年はお風呂に入り、ご飯を食べてから寝たのですが、今年は部屋に入って、ベッドに倒れこむと、そのまま何もできず寝てしまいました。3時間位して目を覚まし、重い体を動かしてホテルのお風呂に行きました。湯船に浸かりながら、脚を引きずっているランナーと話をして盛り上がりました。風呂上りにシャワーでしっかりアイシングをして、食事をしに行こうとフロントに行くと走友のリンコちゃんがいました。まさに先ほどゴールして戻ってきたところでした。140km見事に完踏したということでした。お見事です!その後、一人ビールで祝杯を挙げながら食事をして、ホテルに戻ってきました。そして帰り支度も途中で眠りについていました。翌日、早起きをして山口空港に向かいました。足裏が重症で歩行困難な状態でしたが、なんとか飛行機に乗って帰ってきました。羽田空港でヨタヨタと歩いていると、見かねた係の人に「車椅子をご用意しましょうか?」と言われてしまいました(笑)。その後、なんとか家まで帰りましたが、3日間くらいは歩行困難な状態でした。とはいえ、この痛さも萩のおみやげだと思い、完踏の余韻に浸っていました。

振り返って

2回目の250kmということで気持ち的には余裕がありましたが、やはり甘くはなかったです。もうやめたいという気持ちには何度かなりましたが、リタイヤをしようという気持ちにはなりませんでした。しかし、ダメージが増していくなかで、最後までたどり着けるのかという不安は何度もありました。二晩目の体が思うように動かなくなったときや足裏が痛くて歩くことすらつらかったときなど、体の限界を精神力で乗り切ったと思っています。やはりウルトラ完走の秘訣は「ゴールへの執念」だと実感しました。今回も内臓は最後まで調子が良く、しっかり食べられたことは良かったです。あと今回はお天気が良すぎて暑さとの戦い=体力勝負になりました。コシタさんに教わった体力温存作戦が完踏のカギになったように思います。また、今回は睡魔に襲われて途中で仮眠を取って復活ましたが、虎ケ崎で仮眠作戦のアドバイスをくれたヒラヤマさんにも感謝です。昨年同様、途中でたくさんのランナーが声をかけてくれて、苦しいときに助けてくれました。私も2回目ということで、初心者ランナーを連れて歩いた二晩目の山道のことを考えると、萩往還250kmは、ランナー同士が自分だけでなく、お互いに完踏を目指して進む「究極の助け合い」の大会だと思います。なので、いっしょに走ったランナーは、まさに戦友だと私は思っています。今回は気温が上がり、真夏のような太陽が照りつける中、リタイヤするランナーが続出して、完走率は、250kmが44・8%(昨年62・9%)、140kmにいたっては39・2%(昨年68・9%)ということで過去にも例がないほど過酷な萩往還になりました。それを考えると今回の完踏は価値有る完踏だと感じています。ダメージが大きく10日ほど走れない状態でしたが、すでに来年に向けてトレーニングを再開しました。そしてまた、来年5月2日には瑠璃光寺のスタートラインに立っていることでしょう。

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